がんおよび非がん疾患
(以下、がん等)の治療として、
抗がん薬治療や放射線療法を
行うことがあります。
これらの治療により妊娠する力(妊孕性、生殖機能)が低下し、不妊になることがあります。
その対策としてがん等の治療前または、治療の合間に妊孕性を温存することが可能になりつつあります。
がん等の治療による妊孕性への影響を心配されているのはあなただけではありません。
表1にありますように厚生労働省の研究では、多くの患者さんが不妊治療や生殖機能について悩まれています。ひとりで抱え込まず、まずはがん等の治療施設の担当医、看護師、相談員に相談してください。
治療の妊孕性への影響
がん等治療後の生殖機能に影響を与える因子として、がん等の治療の内容、特に抗がん薬の種類と量ならびに、放射線照射部位と量があります。また、年齢は非常に重要な因子です(図1)。
卵巣に対する影響
卵巣に対する抗がん薬の毒性は種類ごとに異なります。一口に抗がん薬と言っても、すべてが卵巣内の卵子を減少させるわけではありません。卵子を守る細胞や血管に影響を与えるものがあります。これらに影響する薬物の卵巣への影響は一時的なことが多いです。卵子数を減少させる代表的な薬物は、アルキル化薬、白金製剤などです(図2、表3)。
放射線治療は、どの部位にどれだけ照射されるかにより、卵巣機能への影響が決まります。
一般に40-60Gy(グレイ)の放射線が治療として使用されます。
それらより少ない放射線量で卵巣内の卵子が枯渇する可能性があります(図3、図4)。
乳がんの治療で使用されるタモキシフェンによる直接的な卵巣予備能(卵巣内の卵子数)への影響に関しては、まだ結論が出ていませんが、大きな悪影響はないと考えられています。
しかし、ホルモン剤は数年にわたり内服する必要がありこの間は妊娠することができません。その間に卵子数の減少は進んで行きます。
これらのことからホルモン剤を内服される患者さんも妊孕性についてはお考えいただいたほう良いと考えられます(図5)。
精巣に対する影響
がん等の治療の精巣機能に影響を与える因子として手術の内容、抗がん薬の種類と量、放射線照射部位と量があります(図6)。
手術の影響で精子を造る機能や射精する能力に影響することがあります(表4)。
抗がん薬の中でもアルキル化薬や白金製剤と呼ばれるものは、精子のもととなる精原細胞を減少あるいは、消失させます(図7)。
放射線の照射部位や量により、精巣機能への影響が決まります。精巣への直接的な照射は、妊孕性へ影響します(図8)。
報告により若干異なりますが精巣は、放射線治療に非常に弱い臓器です(図9)。数Gy(グレイ)の照射で精子が造られなくなることが知られています。
妊孕性温存を受ける際に
ご理解いただきたいこと
妊孕性温存の治療のために、がん等の治療の開始が遅れる場合があります。
がん等の治療が終わらなければ、妊娠することができません。抗がん薬やホルモン剤を飲みながら、妊娠することはできません。
妊孕性温存を行っても、必ずしも妊娠・出産ができるとは限りません。
専門医の受診をはじめ、自費診療となるものがあります。
治療の妊孕性温存の方法
妊孕性の温存方法は当然、性別により異なりますが、年齢や患者さんの状況によっても異なります(図10)。
女児・女性の妊孕性温存
女性患者さんが妊孕性温存を希望された場合には、まずはがん等の治療の妊孕性への影響について検討します。その後、患者さんの妊孕性温存の希望の有無により、異なった対応をしていきます。(図11)。
妊孕性温存の方法として、不妊治療の体外受精の技術を用いることが多いです。
体外受精は大きく6つの段階に分けられます。
① 卵巣刺激
排卵誘発剤を10日前後毎日注射します。女性ホルモン分泌量を減らすための内服のホルモン剤を一緒に用いたり、自然排卵防止のための点鼻薬、内服薬、注射薬なども併用したりします。
② 採卵
全身麻酔や局所麻酔を用いて、経膣的に超音波ガイド下に卵胞(卵の入っている袋)を穿刺し卵子を集めます。
③ 精子採取と調整
パートナーの精子を射出していただき、精液中のごみなどを除去し、元気な精子を集めます。
④ 受精
精子と卵子を体外で受精させます。運動精子数が少ない場合などは、精子を捕まえてきて卵子内に注入する顕微授精を行います。
⑤ 培養
受精した卵を体外で培養します。受精して分裂を開始した卵のことを胚と言います。
⑥ 胚移植
新鮮胚(凍らせていない胚)や凍結融解胚(いったん凍結して融解した胚)を子宮内に移植します(図12)。
これら体外受精の技術を用いる妊孕性温存の方法として、胚凍結と未受精卵凍結があります。
胚移植は、⑤の段階まで進め、その後凍結させます。
未受精卵凍結は、②の段階まで進めその後凍結させるものです。
これらの治療の問題点は、排卵誘発剤を10日間注射するため治療が遅れることやそれに伴う女性ホルモンの増加などがあります。これらは、注射開始時期の工夫やホルモンを抑制するお薬などを一緒に使うことで改善されつつあります。また、本治療は思春期前の小児に用いることができません。
新鮮胚を用いて治療を行い妊娠した場合には、がん治療前に妊娠することになります。妊娠しながらがん等の治療を行うことは困難な場合が多く、これらを回避するために胚をいったん凍結するのです。胚凍結は、主に結婚されているカップルに用いられる技術です(図13)。
がん等の治療が終了した場合や、数年間中断できる場合に、凍結しておいた胚を融解し子宮内に移植し、妊娠のための治療を行うこととなります(図14)。
患者さんが未婚である場合や結婚されていても本人希望がある場合は、未受精卵を凍結することができます。未受精卵とは、受精させる前の卵子のことです。
凍結技術が向上していますが、胚に比べて凍結の成功率が低くなると考えられます(図15)。
凍結未受精卵を用いて治療する場合は、未受精卵を融解した後、不妊治療の体外受精における受精の段階から治療を行うことになります。この場合も融解胚を用いる治療を行う場合と同様に、がん等の治療が終了している、あるいはいったん中断してもよい状態の時に行います(図16)。
卵巣組織凍結保存は、卵巣内に眠っている(休眠状態と言われる。)原始卵胞内の卵子を組織ごと凍結する技術です。
一方、胚や未受精卵凍結は、排卵誘発剤の使用により成熟した卵子を卵巣内で育て、それを採取して凍結する技術ですので、これらとは根本的に考え方が異なります。
卵巣組織凍結は、理論的には、数万もの原理卵胞を凍結することができます。腹腔鏡などにより、主に卵巣の一部あるいは片側卵巣を摘出し、原始卵胞を多数含んでいる部分(皮質)を取り出し、凍結保護剤を用いて凍結します(図17)。
卵巣組織凍結保存は、小児や抗がん薬治療中で成熟卵胞の獲得が見込めない場合、がん等の治療を急がないといけない場合などに威力を発揮します。
問題は、手術を受けなくてはならないことと、がんの治療の場合には卵巣組織内にがん細胞が混入する可能性があることです。
凍結卵巣組織を用いた治療は、
がん等が治癒する
体内に残っている卵巣が機能しなくなる
妊娠希望がある
これらの条件を満たした場合に手術で自分の体に戻す(自家移植)ことになります。
実際にこの方法で妊娠し出産した患者さんは2022年3月現在、世界で100人以上おられますが、まだ数が少なく研究段階の治療と言えます(図18)。
それぞれの妊孕性温存方法の長所と短所をまとめると図19のようになります。
男児・男性の妊孕性温存
男性患者さんが妊孕性温存を希望された場合には、まずがん等治療の妊孕性への影響について検討します。その後は患者さんの妊孕性温存の希望の有無により、異なった対応をしていきます(図20)。
また、思春期以降の男子・男性で射出精子が確認されない場合には、精巣内の精子を探す手術を行うこともあります。思春期に達していない男児の精巣凍結は現在、研究段階です。
精子凍結の際には、精子を射出していただきます。精液中のごみなどを除去し洗浄し、元気な精子を集めて凍結します(図21)。
結婚されている、あるいは、された場合に凍結しておいた精子を融解し、パートナーのご協力のもと体外受精の技術を用いて治療を行います(図22)。
奈良県立医科大学附属病院
妊孕性温存相談窓口の役割
奈良県立医科大学附属病院 妊孕性温存相談窓口では、がん等の治療の妊孕性への影響について、がん等治療者を通して、患者さんにお知らせすることになります。
妊孕性温存を希望される方や詳しい説明を希望される患者さんは、奈良県立医科大学附属病院にお気軽にご相談ください。
妊孕性温存実施に対する
助成制度について
奈良県では、奈良県小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存療法研究推進事業を実施しております。
ご希望される患者さんはご利用ください。
「奈良県小児・AYA世代がん患者等の
妊孕性温存療法研究推進事業」の概要
申請方法・様式は奈良県のHPへ
対象者:以下の要件を全て満たす方
- 妊孕性温存治療費助成の申請時において奈良県内に住所を有する方
- 対象となる妊孕性温存療法実施日(凍結保存日)に43歳未満の方
- 対象とする原疾患の治療内容がa~dのいずれかに該当する方
- ガイドライン(※1)の妊孕性低下リスク分類に示された治療のうち、高・中間・低リスクの治療
- 乳がんに対するホルモン療法等の長期間の治療によって卵巣予備能の低下が想定される治療
- 造血幹細胞移植が実施される非がん疾患:再生不良性貧血、遺伝性骨髄不全症候群(ファンコニ貧血等)、原発性免疫不全症候群、先天代謝異常症、サラセミア、鎌状赤血球症、慢性活動性EBウイルス感染症等
- アルキル化剤が投与される非がん疾患:全身性エリテマトーデス、ループス腎炎、多発性筋炎・皮膚筋炎、ベーチェット病等
- 県が指定する指定医療機関(※2)の妊孕性温存療法担当医及び原疾患治療担当医により、妊孕性温存療法に伴う影響について評価を行い、生命予後に与える影響が許容されると認められる方
ただし、子宮摘出が必要な場合など、本人が妊娠できないことが想定される場合は除く
また、3.の治療前を基本としますが、治療中及び治療後であっても医学的な必要性がある場合には対象とする - 指定医療機関から妊孕性温存療法を受けること及び国の研究(※3)について説明を受け、本事業に参加することについて同意した方
- 申請を行う当該妊孕性温存療法について、治療期間を同じくして不妊に悩む方への特定治療支援事業に基づく助成の交付を受けていない方
- (※1)「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版」(一般社団法人 日本癌治療学会 編)
- (※2)指定医療機関は、都道府県知事が指定した医療機関で、県外の医療機関でもその都道府県の指定を受けている場合は、県が当該医療機関を指定したとみなす
- (※3)「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業の実施について(令和3年3月23日付健発0323第6号)」に基づく、患者からの臨床データ等を収集し、妊孕性温存療法の有効性・安全性のエビデンス創出や長期にわたる検体保存のガイドライン作成などの妊孕性温存療法の研究をいう
対象となる治療と助成上限額
対象治療に係る治療費及び初回の凍結保存に要した医療保険適用外費用
- 入院室料(差額ベット代等)、食事療養費、文書料等の治療に直接関係のない費用及び初回の凍結保存費用を除く凍結保存の維持に係る費用は対象外となります。
- 助成回数は、対象者一人に対して通算2回までとします。なお、異なる治療を受けた場合であっても通算2回までとします。
- 不妊に悩む方への特定治療支援事業に基づく助成を受けている場合は、本事業の助成の対象外となります。
対象となる治療 | 助成上限額/1回 |
胚(受精卵)凍結に係る治療 | 35万円 |
未受精卵子凍結に係る治療 | 20万円 |
卵巣組織凍結に係る治療(組織の再移植を含む) | 40万円 |
精子凍結に係る治療 | 2万5千円 |
精巣内精子採取術による精子凍結に係る治療 | 35万円 |